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札幌地方裁判所 昭和45年(行ウ)14号 判決

札幌市中央区宮の森一条一五丁目一、二四七番地

原告

金本正

右訴訟代理人弁護士

高橋真清

江澤正良

札幌市中央区大通西一〇丁目

被告

札幌中税務署長

宮武和之

右指定代理人

本間敏明

小林正明

大山瑞

西田将

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告が原告に対して昭和四三年四月二日付でした昭和三八年度、三九年度、四〇年度の各所得税についての重加算税賦課決定(昭和三八年度分については昭和四五年四月二八日付裁決により取消された部分を除く)を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は被告に対し、昭和三八年度ないし四〇年度(以下本件各係争年度という)の各所得税につき別表確定申告欄及び修正申告欄記載のとおりの内容の確定申告書及び修正申告書を提出したところ、被告から昭和四三年四月二日付で別表賦課決定欄記載のとおりの内容の各重加算税賦課決定を受けた。

二  原告は、右処分を不服として被告に対して異議申立をしたが、被告は右申立を棄却したので、原告は昭和四三年八月九日札幌国税局長に対して審査請求をしたが、同局長は昭和四五年四月二八日付で、昭和三八年度分の重加算税賦課決定につき別表審査裁決欄記載のとおりその一部を取消し、その余の原告の請求を棄却する裁決をした。

三  しかしながら、原告は、前記確定申告をするについて、本件各係争年度の所得金額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいし、又は仮装したことはなく、被告のした前記各重加算税賦課決定(右裁決により取消された部分を除く。以下本件各決定という)は違法である。

四  よつて、本件各決定の取消を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因第一項、第二項の各事実はすべて認める。

二  同第三項、第四項はいずれも争う。

(抗弁)

一  (本件各決定の根拠)

原告のした本件各係争年度の所得税の確定申告において、別表の所得金額の差額欄記載の各金額について申告もれ(脱ろう)があつた。原告は、以下に述べるように、右脱ろう分について計算の基礎となるべき事実を故意に隠ぺいし又は仮装し、その隠ぺいし又は仮装したところに基づき確定申告書を提出していたので、度告は国税通則法六八条一項に従つて本件各決定を行なつたものである。

二  (隠ぺい・仮装の事実)

原告の故意による隠ぺい・仮装の事実があつたとする理由は次のとおりである。

1 原告の本件各係争年度の確定申告所得額と修正申告所得額は別表に示すとおりであるが、両者の間には、昭和三八年度については約二八倍、同三九年度については約一〇倍、同四〇年度についても約六倍の開差があり、このような著しく多額の開差が単なる申告もれないしは計算違いから生じたものとは到底考えられず、原告は故意に事実を隠ぺい・仮装して確定申告をしたものと推認される。

2 (飲食業における隠ぺい・仮装行為)

原告は、自己の経営する「宮の森ガーデン」、「えぞ鹿」、「レストラン金本」の売上金額を圧縮して収入金額を過少に見せかけるために、売上金額に直接比例する仕入金額の圧縮をはかり、酒類、肉類、あるいは青果物の仕入先である鍵谷高橋商店、株式会社北邦(吉田商店)、大丸産業株式会社等に対して、仕入額の記帳を圧縮することを要請し、仮装名義の売掛金口座を設けさせる等の方法により右仕入先の帳簿に虚偽の記帳をさせあるいは正規の記帳をさせなかつた。その反面、原告は、真実の仕入額と圧縮仕入額との差額の決済にあたつては、圧縮仕入額の決済の場合とは異なる銀行を利用し、また決済年月日をずらす等の作為を施していた。

3 (金融業における隠ぺい・仮装行為)

原告は、特定の中間金融業者や末端の需要者を相手に金融業を営んでいたが、貸付先である平沼栄司、北出春雄、土屋木材株式会社等に対し、借入先である原告の名前を表面に出さないようにと要請し、他人名義の銀行口座を利用して原告からの借入金の処理をさせる等の方法により、右貸付先の帳簿に虚偽の記帳をさせあるいは正規の記帳をさせなかつた。そして原告は、貸付の痕跡を止めないために、すべて現金で貸付をし、例外として小切手で貸付ける場合にも事務員等をして一旦これを現金化させてから貸付をし、また、貸付金の返済もすべて現金によることを相手方に要請していた。

4 (「光トルコ」の収入金額の除外)

原告は、「光トルコ」を訴外竹腰相三らと共同経営し、その利益分配金を事業所得としていたのにもかかわらず、これを弘前銀行札幌支店の「木下栄作」なる架空名義の口座に預入れる方法で隠ぺいした。

5 (銀行口座の分散、架空名義の使用)

原告は、約一九もの多数の銀行との間に自己名義の取引口座を設けたほか、妻「清子」、弟「盛」名義の口座を設け、更に「木下正一」、「木下良夫」、「金本正一」、「金本一郎」ないし「十郎」等の架空名義の口座を設定し、これらの口座に預金をする方法で自己の所得を隠ぺいした。

6 (虚偽答弁、調査不協力)

(一) 原告は、被告調査者による調査に際して、当初、所得計算の基礎となる関係書類を全く提出せず、また、調査者の質問に対して業績不振であると主張するのみで取引内容についてなんらの具体的答弁もしなかつた。

(二) その後、飲食業については給料明細表、収支計算書、売上高推計表、営業損益計画表等を、また、金融業については未回収債権に関する貸金台帳類をそれぞれ提出したものの他にも関係書類の存在が推認されたのに、これを提出しなかつた。

(三) 金融について、原告は、当初、昭和四〇年度分の貸付金はないと申し立て、その後昭和四一年一〇月一一日に至つて、昭和四〇年度には若干の未回収貸付債権を残すほかには訴外百原及び同島に対して貸付けたことがあるだけであると答弁を変更したが、被告の調査の結果、原告の明らかにした債務者以外の者に対しても右年度に金員を貸付け利息を取得していたことが判明した。

三  本件各係争年度の確定申告所得税額と修正申告所得税額の差額に対する重加算税額は、別表重加算税欄(昭和三八年度については審査裁決欄)記載のとおりである。

(抗弁に対する認否)

一  抗弁第一項のうち、被告主張のとおりの申告もれ(脱ろう)があつた事実は認めるが、その余は否認する。

なお、原告には、次の理由から、本件各係争年度の所得金額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい・仮装する必要がなかつたし、また、その意思もなかつた。すなわち、原告は韓国籍を有するものであるが、第二次大戦敗戦後の日本の特殊な状況を背景として、在日韓国人に対する所得税課税については事実上日本人と異なつた取扱いがなされ、いわゆる協定総額主義の名のもとに、税務署は個々人から申告納税を受けず、韓国人に納税組合を結成させその代表者と交渉して韓国人全体の納税額を決定し、個々人がそのうちのいくらを負担するかは専ら韓国人間の自主的決定に委せる方法で申告徴税を行なつていたもので、この方針は全国的に昭和四〇年ころまで行なわれていた。原告としては、納税組合から割当てられた負担額を納めればそれでよかつたのであり、本件各係争年度においてそもそも所得税を逋脱する意思などなかつたのであるから、所得金額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい・仮装する必要もまたその意思もなかつたのである。

二  1 抗弁第二項1のうち、被告主張のような開差があることは認めるが、その余は争う。

2 同項2ないし6の各事実はすべて否認する。

三  抗弁第三項は認める。

(再抗弁)

一  本件各修正申告は原告の所得税について更正があるべきことを予知してなされたものではない。

二  原告は被告の要請に応じて昭和四三年三月一五日前記修正申告書を任意に提出し、これに基づいて誠実に納税義務を履行した。このような場合には重加算税を賦課しない取扱いが一般になつており、これに反する本件各決定は違法である。

三  右同日、原告と被告の大蔵事務官古田二郎、同坂下弘志との間で、本件各係争年度分の重加算税を賦課しない旨の合意がなされたのであるから、右合意に反してなされた本件各決定は違法である。

四  抗弁に対する認否第一項で述べたように、昭和四〇年ころまで在日韓国人に対しては事実上ゆるやかな申告徴税の方針がとられていたところ、昭和四〇年代になり国際情勢及び国内事情の変化から在日韓国人に対する課税方針も日本人並みになつたたため、原告の所得についても昭和四一年二月ころから五年前に遡つて調査が行なわれるに至つたもので、変更された方針によつて過去の所得を計算し、算出の結果を原告に帰せしめるのは著しく不当であり、本件各決定は違法である。

(再抗弁に対する認否)

一  再抗弁第一項は否認する。

二  同第二項のうち、修正申告書の提出及び税の納付の事実は認めるが、その余は否認する。

三  同第三項の事実は否認する。

四  同第四項のうち、原告に対する調査が昭和四一年二月ころから開始されたことは認めるが、その余は否認する。原告に対する調査がそれまでなかつたのは事務効率上調査の対象とされなかつただけのことである。

第二証拠

(原告)

一  甲第一ないし第三号証。

二  証人牛嶋俊行、同金重輝、原告本人。

三  乙第一ないし第三号証の各1、2、第四ないし第六、第三五、第三六号証、第四二号証の1、2、第四三号証の1ないし3、第四六号証の1ないし4の成立を認める。その余の乙号各証の成立は不知。

(被告)

一 乙第一ないし第三号証の各1、2、第四ないし第三八号証、第三九号証の1ないし3、第四〇、第四一号証、第四二号証の1、2、第四三号証の1ないし3、第四四号証、第四五号証の1ないし3、第四六号証の1ないし4。

二 証人古田二郎、同岩城秀晴、同坂下弘志。

三 甲第一ないし第三号証の成立は不知。

理由

一  請求原因第一、第二項の各事実、すなわち原告が本件各係争年度の所得税につき確定申告書及び修正申告書を提出したところ被告から各重算税賦課決定を受けた事実及び原告が右各決定に対して適法な不服申立手続を経た事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各決定が適法であつたという抗弁事実の存否について判断する。

1  原告の本件各係争年度の確定申告において別表の所得金額の差額欄記載の各金額について申告もれ(脱ろう)があつたことは当事者間に争いがない。

そこで原告が右脱ろう分について計算の基礎となるべき事実を故意に隠ぺいし又は仮装したとして掲げられた抗弁第二項の各事実の存否について検討する。

(一)  抗弁第二項1について

本件各係争年度の確定申告所得額と修正申告所得額が別表のとおりの内容であることは当事者間に争いがない。両者を比較すると、昭和三八年度については後者の約二八・二倍、昭和三九年度については同じく約一〇・三倍、昭和四〇年度については同じく約五・八倍となり、いずれも著しく多額の開差があるということができる。ところで、各成立に争いのない乙第六号証、第四三号証の1ないし3、証人坂下弘志の証言により各成立を認める乙第三〇、第三一、第三三号証、第三九号証の1ないし3、及び証人岩城秀晴の証言により成立を認める乙第二七号証並びに証人坂下弘志、同牛嶋俊行の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)を総合すると、原告は、本件各係争年度当時自己の営む飲食業及び金融業の会計に関し組織的な記帳を継続的になし、原始記録、帳簿、貸付台帳等を有していたこと、従つて、本件各係争年度の確定申告当時右各資料に基づいて修正申告所得額を算出することが十分可能であつたこと、現に、税理士である牛嶋俊行が、本件各係争年度分の修正申告をする約一月前に原告の依頼で原告提出の資料に基づき本件各係争年度の事業の損益を計算した結果は、被告がその調査の結果に基づき、修正申告すべき内容としてあらかじめ原告に内示した数額にほぼ一致し、荒利益において約一パーセント程度の誤差が存在するにすぎなかつたこと、以上の事実を認めることができる。

原告本人尋問の結果中、本件各係争年度当時は関係書類が不備で大福帳的な見方で済ませていた旨の供述部分は前記認定に反して措信し難い。そうすると、本件各争年度の確定申告所得額と修正申告所得額との間の著しく多額の開差は原告の単なる申告もれないしは計算違いから生じたとは認め難い。

(二)  抗弁第二項2(飲食業における隠ぺい・仮装行為)について

その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるので真正な公文書と推定すべき乙第七号証、証人坂下弘志の証言により各成立を認める乙第九、第一〇、第一二ないし第一四、第一七号証、第四五号証の1ないし3、及び弁護の全趣旨により各成立を認める乙第一八、第一九号証並びに右証言を総合すると、次の各事実が認められ、これらによれば、原告が、昭和四〇年分の飲食業について、収入金額を過少に見せかける目的で仕入先と通謀して売上金額に直接比例する仕入金額の圧縮をはかつたと推認することができる。原告本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は措信し難い。

ア 鍵谷高橋商店について

原告は、同商店から自己の経営する「宮の森ガーデン」で使用する酒類を仕入れていたが、昭和四〇年五月ころから、同商店に対して仕入金額の一部を「金本商会」名義の売掛金口座に記帳するように依頼し、同商店からの昭和四〇年分の事業用酒類仕入金額合計七〇一万一二八九円のうち、四九二万八五六〇円を「宮の森ガーデン」名義の正規の売掛金口座に記帳させたものの、残り二〇八万二七二九円についてはこれを「金本商会」名義の売掛金口座に記帳させた。更に、右「金本商会」名義の売掛金の決済にあたつては、右「宮の森ガーデン」名義の売掛金の決済の場合と異なる銀行を利用しあるいは決済年月日をずらすという方法をとつた。

イ 株式会社北邦(吉田商店)について

原告は、同会社から自己の経営する「えぞ鹿」及び「レストラン金本」で使用する酒類を仕入れていたが、取引が開始された昭和四〇年九月より、同会社に対して仕入金額の半額程度を圧縮して記帳して欲しいと依頼し、同会社をして「えぞ鹿」、「レストラン金本」名義の名売掛金口座のほかに「青森」、「青田」、「秋本」、「今井」等合計四一口の架空名義口座を設けさせ、同会社からの昭和四〇年分の仕入金額合計三一三万二一〇八円のうちその約半額近くにあたる一四三万九〇二二円を右架空名義口座に分散して記帳させた。

ウ 大丸産業株式会社について

原告は、同会社から「宮の森ガーデン」、「えぞ鹿」、「レストラン金本」で使用する肉類及び青果物を仕入れていたが、同会社に対して仕入金額を右三店に対する売掛金として記帳する分と現金売上として計上する分とに分けるようにと依頼し、同会社からの昭和四〇年分の仕入金額合計七〇八万〇二三五円のうち二七四万三二七一円を現金売上として計上させ、更に、右現金売上計上分の決済にあたつては、小切手の裏書欄に同会社の名義を記載させず第三者の名義を記載させ、売掛金記帳分の決済の場合と異なる銀行を利用しあるいは決済年月日をずらす方法をとつた。

(三)  抗弁第二項3(金融業における隠ぺい・仮装行為)について

証人坂下弘志の証言により成立を認める乙第二〇号証及び同証言並びに証人岩城秀晴の証言を総合すると、原告は、中間金融業者である平沼栄司に金員を貸付ける際、同人に対して貸主である原告の名前を出さないようにと要請し、同人をして原告からの借入金を「吉田ヨウ」及び「フルマキ・ミチコ」名義の各銀行口座に預金させ、また、貸付の痕跡を止めないために右平沼に対して殆ど現金で貸付をし例外として小切手で貸付ける場合にも一旦これを事務員に現金化させてから貸付けをし、更に、右平沼から貸付金の返済を受けるにあたつてもすべて現金によることを要請していた事実、中間金融業者である北出春雄に対して金員を貸付ける際及び同人からその返済を受ける際に、すべて現金による取引を行なつていた事実がそれぞれ認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。これらの事実によれば原告が貸付先に働きかけて取引内容の隠ぺい・仮装をはかつたことを推認し得る。証人坂下弘志及び同岩城秀晴の各証言並びにこれらにより各成立を認める乙第二一ないし第二四号証、第四四号証によれば、被告の調査により明らかとなつた原告の本件各係争年度における貸付金利息収入は、昭和三八年度が一六〇八万四四七五円、同三九年度が一八四六万五〇九五円、同四〇年度が一八〇七万二五七二円であるところ、そのうち被告において貸付先を的確に把握しえたのはそれぞれ八六八万三五〇五円、一〇一九万八七三〇円、五九〇万三八八〇円にすぎず、その余については貸付先を解明できなかつた事実が認められ、これも原告による前記隠ぺい・仮装行為の存在を推測させるものといえる。

(四)  抗弁第二項4(「光トルコ」の収入金額の除外)について

証人坂下弘志の証言により成立を認める乙第四一号証及び同証言によれば、原告は「光トルコ」の経営に加わり、昭和四〇年九月から一二月までの間の利益分配金六四万一八六六円を事業所得として得ていたのにもかかわらず、これを弘前銀行札幌支店の「木下栄作」なる架空名義の口座に預入れていた事実が認められる。

(五)  抗弁第二項5(銀行口座の分散、架空名義の使用)について

証人坂下弘志の証言により成立を認める乙第二六号証及び同証言並びに証人岩城秀晴の証言によれば、抗弁第二項5の銀行口座の分散及び架空名義の使用の各事実を認めることができる。原告本人尋問の結果中には、預金口座を分散したのは銀行から多額の融資を得るためであるとの供述部分分があり、前記乙第二六号証によると、確かに融資を得る目的でなされたと思われる原告やその妻及び弟名義の預金口座の存在が認められないではないが、前記証拠によつて認められる右のほかにも原告やその妻及び弟義の預金口座が多数あり、また、預金取引のみの架空名義の銀行口座が多数あつて、しかも原告が一人当りの貸付制限の無いことを自認する都市銀行についても多数の架空名義の口座がある事実を考え合わせると、原告が所得隠ぺいの目的でこれらの口座を設けたと推認するに十分であり、右認定に反する原告本人の前記供述部分は措信できない。

(六)  抗弁第二項6(虚偽答弁、調査不協力)について

前記乙第六、第二〇、第二一、第三三号証、第四三号証の1ないし3、証人坂下弘志の証言により各成立を認める乙第一一、第二四、第二五、第三二号証、同証人及び証人岩城秀晴の各証言を総合すると、抗弁第二項6の各事実、すなわち原告が被告による調査の当初関係書類を全く提出せずなんらの具体的な答弁もしなかつたこと、後に関係書類の一部を提出したもののこれらにより存在が推認される他の書類を提出しなかつたこと、及び、金融業について昭和四〇年度の貸付の内容に関し虚偽の答弁をしたことがそれぞれ認められ、原告本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右1の各事実を総合して検討するに、また、本件各係争年度においては組織的な会計帳簿の記帳がなされていたにもかかわらず、確定申告所得額と修正申告所得額との間に単なる申告もれないしは計算違いとは認められない非常に多額の開差が存するのであつてこのことは、特段の合理的な事情(本件においてこれが認められないことは後記3のとおり)が認められない限り、既にそれ自体により原告が脱税目的をもつて所得金額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい・仮装したことを推測させるものであるが、これに、個々の具体的事実、すなわち原告が飲食業や金融業における収入を過少に見せかけるために取引の相手方に働きかけて前認定の種々の工を施していたこと、「光トルコ」の収入を隠ぺいし、また銀行口座を分散し架空名義の領金口座を設けて所得の隠ぺいをはかつたこと、更には、被告の調査に対して虚偽の答弁をしまた資料の提出を拒んだりする等の非協力的な態度をとつたことを合わせて考えると、本件各係争年度の確定申告はいずれも原告が所得税を逋脱する意思で故意に計算の基礎となるべき事実を隠ぺい・仮装したところに基づきなされたものであることを肯認できるというべきである。

3  原告は、税務署が韓国人に対して特別な申告徴税の取扱いをしていたこと、具体的にいうと税務署と韓国人納税組合との交渉で納税総額を決定し個々の組合員の負担額は組合の自主的決定に委せるという取扱いをしていた旨主張し、これを前提として所得税を逋脱する意思がなかつた旨主張するので、この点につき判断する。

証人金重輝の証言及び原告本人尋問の結果中には、昭和二四年から昭和四〇年ころまでの間右のような取扱いが存したとの供述部分があり、証人古田二郎の証言によつても、昭和三四年ころから昭和四〇年ころまでの間札幌税務署において白色申告者を対象とする納税相談のため韓国人納税者に対し出署依頼をしても個々人は出署せず民団の役員などが出てきたのみであつたためやむを得ずこれに対して指導をしていたこと、その際右役員から韓国人の納税額の決定は自分達に委せて欲しいとの要望があつたこと自体は窺うことができる。

しかしながら、他方、同証人は、右の要望に対しては税務署としては応じられない旨申し伝えた旨供述しており、同証人の証言及び、成立に争いのない乙第四六号証の2により認められる次の事実、すなわち韓国人納税組合連合会納税貯蓄組合の規約には同組合が組合員からの依頼を受けて組合員の預入先に納税手続を委託する事務を取り扱うことは定められていても組合員の納税申告につき一括して税務署と交渉するという事務を取扱う旨の定めは存しないこと、並びに納税貯蓄組合法では納税貯蓄組合が組合員のなすべき課税標準の申告又は当該組合員に対してなされるべき租税の賦課に関与することを明文で禁止していることに照らすと、前顕証人金重輝、原告本人の各供述中、前記の間特別な取扱いがなされていたとの原告主張に沿う部分は直ちに措信し難く、他に右主張事実を認め得る証拠はない。

そうすると、所得税を逋脱する意思がなかつたとの原告の主張はその前提を欠き失当であり、2で述べたとおり、原告が脱税目的で故意に隠ぺい・仮装行為に及んだ事実を否定することはできないというべきである。

4  抗弁第三項については当事者間に争いがない。

三  続いて、原告主張の再抗弁事実の存否について判断する。

1  再抗弁第一、二項について

原告による修正申告書の提出及び納税の事実については当事者間に争いがない。ところで、国税通則法六五条三項、六八条一項には、修正申告書の提出がその申告に係る国税についての調査があつたことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないときは重加算税を課さないと定められているけれども、右の場合を超えて、単に任意の修正申告及び納税義務の履行があれば重加算税を賦課しないとの取扱いが一般であるという事実を認めるに足りる証拠はない。また、本件が右の国税通則法六五条三項の場合にあたると認めるに足りる証拠もなく、かえつて証人坂下弘志、同牛嶋俊行、同古田二郎の各証言を総合すると、本件の修正申告書の提出は被告の調査により更正ののあるべきことを予知してなされたものであると認められる。結局再抗弁第一、二項の主張はいずれも理由がない。

2  再抗弁第三項について

右再抗弁事実については、原告本人尋問の結果中にこれに沿う部分があるけれども、証人坂下弘志、同牛嶋俊行、同古田二郎の各証言に対比すると、右部分は措信し難く、他に同事実を認めるに足りる証拠はない。従つて、右再抗弁も理由がない。

3  再抗弁第四項について

昭和四一年二月ころに至つて初めて原告に対する所得税の調査が行なわれたことは当事者間に争いがない。そこで、右調査が韓国人に対する課税方針の変更の結果なされたものであるという主張について検討するに、前記二、3で述べたごとく本件各係争年度において韓国人に対する申告徴税につき特別な取扱いが存したと認めるに足りる証拠はなく、従つて、右主張はその前提を欠き失当である。かえつて証人古田二郎の証言によれば、税務署側の調査能力等を勘案し事務効率上昭和四一年二月ころまで原告に対する調査が行なわれなかつたに過ぎないと認められるのであり、結局右再抗弁も理由がない。

四  以上二及び三に示した理由を総合すると、被告が原告に対し本件各係争年度の所得税の確定申告につき所得金額等の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい・仮装があつたとして国税通則法六八条一項に従つてなした本件各決定にはなんらの瑕疵も存しないというべきである。

五  以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 野崎弥純 裁判官 飯田喜信)

別表

(昭和三八年度)

(昭和三九年度)

(昭和四〇年度)

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